2006年に上映された邦画「明日の記憶」などをはじめ、認知症を扱った作品には枚挙に暇がありません。高齢化社会の日本で約200万人以上が罹患しているとされる、この深刻な病気に対する関心の高さを反映していると言えますが、残念ながら、現代においても認知症の発症メカニズムは不明な点が数多く残されています。さらに現在の治療薬は、患者を社会復帰可能なまで完全に治すことができないため、アンメット・メディカル・ニーズの高い病気と位置づけられています。我々は、将来の分子標的を基にした創薬・治療を見据えて、認知症の中でも患者数の多いとされるアルツハイマー病(Alzheimer’s disease)と前頭側頭型認知症(Frontotemporal dementia)の発症メカニズムを、以下の画期的な疾患モデルを用いて研究しています。
(1)ヒトiPS細胞モデル
ヒト多能性幹細胞であるinduced Pluripotent Stem(iPS)細胞の革新的技術が2006年に報告されて以降、様々な疾患において、患者由来のiPS細胞を樹立し、その疾患発症メカニズムの解析や病態を修正しうる薬剤スクリーニングなどが可能となりました。我々は、家族性のアルツハイマー病と前頭側頭型認知症の患者からiPS 細胞を作製し、詳細な発症メカニズムの解析、病気の初期に現れるバイオマーカー探索、および病態進行を抑制する化合物のスクリーニングなどを行っています。
(2)マウスモデル
脳神経組織での神経細胞間、及び神経-グリア細胞間の高次脳構造が必要とされる生理的機能を研究するため、モデル動物としてマウスを扱っています。認知症分野において、これまでに多くの洗練された遺伝子改変技術、及びそれらのマウスモデルを使用した膨大な知見が蓄積されています。我々は、家族性アルツハイマー病に関与する表現型などを、マウスモデルを用いて研究しています。
(3)マーモセットモデル
さらに複雑な高次脳機能を解析対象として、小型霊長類であるマーモセット(Callithrix jacchus)を動物モデルとして扱っています。マーモセットは、脳組織の構造がヒトと非常に似ていることから、マウスモデルより患者に近い病態を示すことが期待されています。我々が世界に先駆け確立した技術を用い、家族性のアルツハイマー病と前頭側頭型認知症の患者で見付かった変異を持つトランスジェニック・マーモセットの作製と解析を行っています。脳画像解析により認知症の病理変化を検出したり、認知機能テストを行うことで、早期診断バイオマーカーの探索を行っています。
参考文献
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