ショウジョウバエグループグループリーダー 菅田浩司 助教
神経幹細胞の多くは、一旦発達期を過ぎるとニューロンやグリアに分化するか、休止期に入って増殖を止めるか、細胞死を起こして消失するかのいずれかの状態となり、大半が幹細胞としての性質を失います(図1)。一方で、成人脳においてもニューロン新生が行われている事が知られており、さらにその際の神経幹細胞の増殖活性は様々な刺激に応じて変化する「可塑性」を有する事が分かってきました。
興味深い事に、優れたモデル動物として基礎医学・生物学の分野で汎用されてきたショウジョウバエにおいても、神経幹細胞が可塑性を有する事が知られています。ハエの胚の発生過程では、特定の時期にほぼ全ての神経幹細胞の分裂が一時的に休止し、卵から幼虫が孵化して半日ほどすると分裂が再活性化します(図2)。すなわち、ショウジョウバエは、神経幹細胞の可塑性を容易に観察・解析する事ができるすぐれたモデル生物であると言えます。
私たちは、ショウジョウバエの強力な遺伝学を用いて、神経幹細胞の可塑性を制御する分子機構の解明を生体レベルで進めています。また、可塑性の破綻によって引き起こされる異常な細胞増殖、細胞死などのいくつかの表現型に着目して研究を進めています。
血液脳関門 (Blood-Brain Barrier ; BBB) の制御機構の解析
血液脳関門とは、脳内毛細血管の血管内皮細胞が形成するバリア機能の総称です。バリアという呼称から、異物に対する物理的な障壁がイメージされがちですが、実際には、脳内の化学物質の排出やグルコースなどの脳内への輸送を調節するなど、その生理機能は多岐にわたります(図3)。逆に、このバリアが存在するために、一般的に脳内に化学物質を到達させることは極めて困難であるため、中枢神経系の薬物療法を妨げる一因となっています。
興味深いことに、ほとんどの脊椎動物の BBB 機能は血管内皮細胞が担うのに対して、一部の軟骨魚類や昆虫などではグリアがその機能を担う事が知られています。従って、種を超えた進化的な観点においても、内皮細胞とグリアといった異なる細胞間における機能的な観点においても「バリア」を制御している共通の分子機構が存在すると考えられます。この分子機構を解明できれば、脳がいかにしてそれ以外の環境から隔離され、神経や神経幹細胞の恒常性が保たれているかを理解できると考えられ、また、中枢神経系の薬物療法開発の基盤研究にも繋がると考えられます。
ショウジョウバエはグリア型の BBB を有します(図3)。私たちはショウジョウバエを用いて BBB 関連遺伝子のスクリーニングを行い、複数の候補遺伝子を得る事に成功しました。現在それらの解析を進めています。
関連論文・総説
原著論文
Kanda and Okano et al. Mol. Cell Biol. 33, 1702-10 (2013)
Kanda and Okano et al. Proc Natl Acad Sci U S A. 108, 18977-82 (2011)
総説
菅田浩司、岡野栄之「4D 蛍光イメージングのためのライトシート顕微鏡」Medical Science Digest 2015年8月号
菅田浩司、岡野栄之 「ショウジョウバエを用いた血液脳関門機能の遺伝学的解析」細胞工学2013年9月号
Igaki, Kanda, Okano et al. ‘Eiger and Wengen: The Drosophila Orthologs of TNF/TNFR.’ Adv Exp Med Biol. 16, 45-50 (2011).
菅田浩司「細胞死制御を応用した組織再生モデル系の構築」実験医学増刊 (28),174-179 (2010)
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