2006年に京都大学の山中伸弥教授が、世界ではじめて皮膚の細胞よりiPS細胞(からだを構成するさまざまな種類の細胞(脳、心臓、骨など)になることができる細胞)を作る技術を開発しました。この技術はさらに応用され、現在では皮膚に限らず、血液を含むいろいろな細胞を用いて作成できるようになりました。
この技術を用いることで、いままでは詳しく調べることが出来なかった細胞(胎児でしか存在しない細胞や、採取することが困難な脳や心臓の細胞など)について調べることが可能となり、「症状がどのようにして生じているのか?(病態解明)」を調べる研究や、治療方法のない病気に対する治療薬を開発する研究(創薬研究)に多くの期待が寄せられています。
私達のグループでは、様々な神経疾患患者さん(小児において発達障害を来す遺伝性疾患や、中年以降に発症する神経変性症など)の協力のもと、患者由来の疾患特異的iPS細胞を作り、それより分化誘導をした神経系の細胞を用いて、病気の発症メカニズムを明らかにし、それを介してこれまで治療方法の確立していない神経疾患の治療薬の開発を目指しています。
研究例:ペリツェウス・メルツバッハー病(PMD; Pelizaeus–Merzbacher disease)
PMDは、小児における中枢神経系の先天性髄鞘形成不全症の中で最もよく見られる疾患のひとつです。髄鞘(ずいしょう)は、神経細胞の軸索を取り囲む電気的な絶縁装置で、神経軸索にそった電気信号を高速化する役割を担い、発育過程における運動能力や高次脳機能の獲得において重要な役割を果たしています。このため、PMDでは主に痙性四肢麻痺や精神運動発達遅滞などの症状が生じ、今のところ根本的治療法はありません。
私たちは、PMD患者様の協力を得て、患者様の皮膚線維芽細胞からiPS細胞を作り、中枢神経系の髄鞘形成に重要な役割を果たすオリゴデンドロサイトという グリア細胞を含む神経系の細胞へと分化誘導することに成功し、またiPS細胞を用いてPMD患者モデルを作成することに成功しました。
今後、このモデルを用いて、病態を解明し、症状が軽減するような治療薬を探索することを計画しています。Stem Cell Reports. 2014 Apr 24;2(5):648-61.
研究例 家族性筋萎縮性側索硬化症(ALS; amyotrophic lateral sclerosis)
ALSは年間1000−2000人の患者が日本で新たに発症しています。この病気では、人工呼吸器を使わない人では発症後2−5年で死亡に至ってしまいます。運動ニューロン特異的に病変がみられることがわかっているのですが、有効な治療法が存在せず、少しでも発症後の生存期間を延ばすような治療薬の一刻も早い開発が望まれている病気です。
私たちは、ALSの患者様の協力を得て、血液の細胞よりiPS細胞を介して、運動ニューロンを効率よく作ることに成功しています。
このモデルを用いて、患者の運動ニューロンではどのようなことが起こっているかを調べています。